毒親から逃れる方法・エピソードや毒親の種類・毒親のまとめブログ

毒親から逃れる方法・エピソードや毒親の種類・毒親のまとめブログ

毒親

こんにちは、のんきに本気なジョーです。

私の妻の母親は毒親でした。

このページでは、実体験をまじえながら

  1. 毒親から逃れる方法
  2. 毒親と逃れた後、訪れた幸せ
  3. 毒親への復讐方法
  4. 毒親の種類
  5. 毒親の本やドラマ
  6. 毒親のチェック方法
  7. 毒親のエピソード(毒親と気づいた出来事)

など、毒親に関することを随時更新し、まとめていきます。

 

はじめに、毒親という「ことば」を知っていますか。

私は妻の母親と出会うまで、毒親という言葉を知りませんでした。

妻も毒親と言う言葉を知りませんでした。

 

毒親とは、

「親が子供にとって毒である。」

「親が子供に悪影響を及ぼす存在である。」

それが毒親です。

 

妻の母親は毒親でした。

妻の母親が毒親であることを知ったのは、妻との再婚直前。

現在妻は、毒親とは絶縁済みです。

2015年8月から妻の両親とはこちらからは一度も連絡をしていません。*妻の両親からこちらへ連絡できないように、着信とメール拒否にしています。しかし、妻の両親から妻へメールや荷物がいきなり届くことがありました。荷物は宅配便ではなく、玄関のドアノブにかかっています。荷物は全て私が返送。2017年12月を最後に荷物がかかっていることもなくなりました。これらエピソードの詳細については、後に書いていきます。


毒親であるということを知ることは、とても難しいです。

 

身体的に子供に対して虐待をするということであれば、子供の体をみることで外部が気づいてくれるでしょう。

しかし、私が出会った妻の母親(毒親)は精神的に言葉や態度で妻を追い詰める人でした。

実際は全て妻の母親自身(毒親)の利益のためなのですが、表向きでは、妻の親(毒親)は、善意であるかのように娘を想っているかのように妻に接してきます。

妻の母親(毒親)は私や周りの人にはとても愛想がよく八方美人な人でした。

その為、妻の母親が毒親であると周りの人が見抜くのは、ものすごい困難でしょう。

私には、妻の母親が毒親であることは、すぐにわかりました。

それは、私が妻を愛しており、妻の息子を愛していたからです。

妻の母親(毒親)は、「愛している娘に対してするような行為ではない」ことを、妻にしていました。

「善意であるかのように」「娘を想っているかのように」するので、たちが悪いです。



私は赤線で生まれ育ちました。

小さい時から、色々な人、色々な職業、色々な人種を見てきました。

「善意を装って悪いことをする大人」「善意を装って人をだます大人」「大人の汚いところ」「恐ろしいところ」「良いところ」「素晴らしいところ」「色々なタイプの人」「色々な性格の人」を観察してきました。

世の中には色々な人がいる。

子供の時から、そのことを理解していました。

 

親に育てられている状況で、自分の親が毒親なのではないかと見抜くのは、子供の時は非常に難しいでしょう。

子供の時の親というのは、絶対的な存在に近いからです。

大人になってから、周りの親と自分の親を客観的に比べたとき、自分の母親が毒親なのではないかと気づけるかもしれません。

毒親と気づいたら、どうすべきか。

毒親から「逃れたいのか。」「復讐をしたいのか。」

 

毒親と一緒にいる妻を見ていて感じ、妻に伝えたことがあります。

「人のための人生を生きず、自分が幸せになることを考えて生きて欲しい。」

当時、妻は明らかに親のための人生を生きていました。

それが、私にはわかりました。

当時の妻は親が何を望んでいるかを読み取り、親が望むように行動しているのがわかりました。

毒親は、自分の娘が「毒親の気持ちを考えて行動」していることに気付いてもいません。

 

例え親であっても身内であっても、自分にとって悪影響を及ぼす人とは遠ざかる必要があると私は考えます。

 

私が親になって、息子がどういう状態だと幸せか。

それは、

「私は息子が幸せなことが幸せ。」

です。

 

私の父も母は、私が幸せそうにしていると、とても喜びます。

私の父も母も、私が幸せになれるような言葉を言い、行動をします。

 

妻の母親は異なっておりました。

「娘が幸せなことが、不愉快。娘の幸せに、嫉妬する。」

このような親がいることに私は、驚きました。

 

しかし、すぐに事実であると気づきました。

私の経験でわかった毒親のもう一つの条件

それは、

「子供の幸せが不愉快で嫉妬する。」

このような親は毒親です。



毒親から逃れる方法(2019年5月12日更新)

もし

「自分の母親が毒親なのではないか?」

「毒親に違いない?」

「毒親だ!!」

と確信した時は、

毒親と連絡を絶ってください。

*連絡を絶った後で気づいた・・・毒親ではなかった・・・その場合は安心してください。

素直に親にあやまれば、やさしくあなたを迎えるはずです。

それが、親です。

私の親もそうでしたし、私が今親となっても、そう思います。

 

毒親だった場合は、周りから何と言われようと、連絡を絶つことです。

そして、幸せになってください。

あなたの人生はあなたのものです。

あなたの人生は、たとえ親であっても決める権利はありません。

 

「自分が楽しいと思えること」

「自分が大切だと思えること」

「自分自身を大切にしてくれる人」

自分自身を大切にして時間を使ってください。

 

自分にとって、悪影響を及ぼす人と過ごす時間は1秒もありません。

例えそれが親だとしても。



妻の母親だから私は我慢した方がいいなと、妻の母親が言う言葉に何度も我慢してきました。

自分の事は我慢が出来るのですが、妻や息子に対して言うことが、やがて我慢の限界に達していきました。

 

そして、私は、妻と妻の母親について話し合うようになりました。

妻は、過去の出来事に関して、少しづつ私に話すようになりました。

妻がされてきたこと、それは、壮絶な出来事でした。

妻はこんなに苦しい思いをしてきたのか・・・

これは、普通ではない・・・

それがわかってからも、我慢してきました。

しかし、最終的に息子の事を妻の母親に言われたことで、夫婦一致で毒親と連絡を絶つことを決めました。

我々がいない間に息子に言う毒親。

それは、息子の人生が変わってしまうほどのことでした。

 

「妻の母親と連絡を絶った方が、息子のためになる。」

「妻の母親と連絡を絶った方が、妻のためになる。」

「妻の母親と連絡を絶った方が、我々のためになると。」

我々夫婦は絶縁へ向け動きました。

 

毒親、周りの人は色々言うでしょう。

「今まで育ててくれた親を見捨てるのか。」

「どれだけ苦労してあなたを育てたのか。」

「どれだけ苦労してあなたを生んだのか。」

そういう人の事は、聞きいれてはいけません。

あなたの立場になっていないし、あなたがどれだけ苦労してきたかを理解出来ていません。

私は息子に対して、そんな風に考えたこともありません。



今私が親になって息子にたいして思うこと

「元気に生まれてきてくれてありがとう。」

「元気に育ってくれてありがとう。」

元気でいてくれれば、いいんです。

元気さえあれば、なんとかなるからです。

私がどん底だった時も、元気だから乗り越えられた。*パニック障害にはなりました。

体調を崩したり、精神的な病になったりしていたら、どうなっていたか・・

わかりません。

我が家の家訓は

「一番は元気なことです。」

 

毒親からされること、体に傷がない分、まわりからは気付きにくいです。

毎日嫌味を言われ汚い言葉を浴びさせられ続けるというのは、耐え難いものです。

毒親から逃れる方法は

「連絡を絶つこと」

簡単なようで難しい。

毒親はあらゆる方法で連絡を取ろうとしてくるからです。

*我々は妻の母親から「ごめんね」の一言があれば、またやり直そうと決めていました。

偶然出会った時、メールが来るときも、その一言はありません。

謝罪の気持ち、自分が悪いことをしたと思っていない人は再び同じ過ちをします。

その為謝罪がなければ、毒親を再び受け入れることをやめようと決めていました。

毒親は娘にあやまるということが出来ないようです。

 

「連絡を絶つ方法」

それは何が起きても無視をする。

そう決めました。

後の毒親のエピソードで紹介いたしますが、毒親はあらゆる方法を使って、自分が謝罪することなく何事もなかったように連絡をとろうとしてきます。

何が起きても「連絡を絶つ」

それが、毒親から逃れる方法です。



毒親と連絡を絶ち、逃れた後に訪れた幸せ(2019年5月19日更新)

毒親と連絡を絶ち逃れたことで、どのような良いこと、幸せが訪れたのか。

実際に妻が毒親と連絡を絶ってから数年、良い変化が起き始めました。

ここでは、実際の経験をもとに毒親と連絡を絶ち逃れたことで訪れた良い変化、幸せについてまとめていきます。

毒親と一緒にいると、知らないうち(無意識)にストレスがたまっている可能性があります。

毒親と連絡を絶つことで、妻には毒親とのストレスがなくなり心も体も良い変化が起こりました。

顔つきが変わった。(自然な笑顔が作れるようになった。)

毒親と連絡を絶ってから数年、妻は顔つきが変わり笑顔になっていきました。

以前の写真と今の写真を比べると同一人物と思えないほどです。

両親と一緒の家族写真ではいつも無表情だった妻。

写真を撮られることが好きではなかった妻。

毒親と連絡を絶ち、今では写真を撮られることが好きになり、写真でも笑顔になりました。

自然にニコニコするようになりました。

毒親と連絡を絶つと、顔つきが変わり、いつもニコニコするようになりました。

自己主張できるようになった。(わがままが言えるようになった。)

毒親と連絡を絶つと、妻は自己主張や、わがままを言うようになりました。

出会った当時、妻は自己主張をしませんでした。

全て私のしたいこと、やりたいこと、どんなことにもついてくる人でした。

妻の事をまだ理解していなかった当時

私「自分のやりたいことはないの?君がやりたいことをしてみたい。」

と言っていました。

今、考えると、ひどいことを言ってしまった。

妻の事を全く理解せず妻の立場にたって想像できていなかった。

その言葉を発した後、妻は

妻「・・・・・・・・」

黙って何も話さなくなってしまいました。

毒親に育てられた妻は、

「相手の気持ちを読み取り相手のしたいことに自然と合わせてしまう。」

そうしないと、母親から罵倒されるので、母親のしたいことを先読みして、母親が望んでいる意見をあたかも自分が望んでいるかのように言うんです。

私に対してもそうでした。

しかも、その行為は、妻が意識している行為ではなく無意識にしている行為です。

その無意識の行動は知らない間に妻を苦しめストレスになって蓄積されます。

自己主張なんて出来ない家庭で育てられていた妻、自己主張がどういうことかわからなかったのかもしれません。

私は妻とは真逆の性格、私の周りには自己主張が強く、自由な人が多かったようで妻のような人と出会ったのは初めてでした。

自分のしたいことを言えず、自分のしたいことを出来ない妻をなんとかしてあげたいと考えていました。

妻が無意識にしていることを意識させなくてはいけない。

どうすれば良いのか、たくさん考えました。

そして、毒親と連絡を絶ちつことで自己主張を出来るようになっていきました。

 

今の妻は

「今日は、買い物に行きたい!」

「旅行に、行きたい!」

「温泉に、行きたい!」

「公園に、行きたい!」

「海に、行きたい!」

とにかく、色々言ってくれるようになりました。

毒親と連絡を絶つことで、自己主張をし、わがままを言うことができ、自分の本当にやりたいことを出来るようになっていきました。



幸せがどういうことか気づき、幸せ(好き)という言葉を使うようになった。

毒親と連絡を絶つことで、妻は幸せとはどういうものか理解し幸せ(好き)という言葉を頻繁に使うようになりました。

 

妻と再婚する前、幸せについて話しました。

私「幸せって感じたことある?」

妻「幸せって、わからない。」

私「好きな人と一緒にいたりして幸せって感じたことはないの?」

妻「それが、幸せかなのかどうか、わからない。」

私「えっ・・・・」

このような状態でした。

妻とは対照的に私は、どんなことにもすぐ幸せを感じる人。

幸せがわからないとは、どういうことなんだろう。

妻の母親と会うことで、妻が幸せがわからず幸せという言葉を使わない理由がわかりました。

毒親によって、妻は幸せを封印されていたんです。

毒親は自分より娘が幸せになることを嫌います。

そんな人いるのか?

と私は最初半信半疑でした。

しかし、いるんです。

娘の幸せに嫉妬する毒親。

妻「私が幸せになるとお母さんが変なことを言ってくる・・・」

だから、妻は幸せを封印していたんです。

実際、私が妻の母親と一緒に食事をしたとき、妻の素晴らしいところや好きな所を話し続けました。

すると妻の母は

妻の母「そうかー?」

の一言。

妻の良いところを言った後で妻を全て否定する一言。

それでも私は妻の良いところを言いました。

その時、息子もいました。

すると、

妻の母「私の育て方が良かったのかねー。この子は私がいないとだめなのよ。毎日一度は電話をしないといけないのよ。大変なのよ。」

私「そうなんですかー???」

私「これは、嘘をついている・・・・」

私は、妻の母が嘘をついていることがすぐにわかりました。

そして、「これは、妻に嫉妬をしている。」と、すぐにわかりました。

毒親は娘の幸せに嫉妬します。

自分より娘が褒められることを嫌います。

 

毒親と連絡を絶ち、

今では、桜を見て

妻「綺麗な、桜だー。幸せ。」

美味しい料理を食べて

妻「美味しい。美味しい。幸せ。」

幸せを連発するようになりました。

好きという言葉も使うようになりました。

毒親と連絡を絶つことで、幸せとはどういうものか理解し、幸せという言葉を使うようになりました。


自分に自信を持てるようになった。

毒親と連絡を絶つと、妻は自分自身に自信を持つようになりました。

妻は出会った当初、毒親と絶縁する前まで、自分自身に対して自信を持っていませんでした。

妻がよく言っていた言葉。

「私は、歌下手なんだ。」

「私は、写真写りが悪いんだ。」

「私は、愛想がないんだ。」

「私の体はね・・・」

自分の体についても言っていました・・・

出会った当初は、なぜ、自分のことをそんな風に考えるのか、わかりませんでした。

これは、どうにかしなくてはいけない。

私「歌下手でもいいんだよ。カラオケ行こうよ。無理して歌うことないからさ。カラオケで大きい声出して歌うとスッキリするよ。」

妻「行ってみる。」

カラオケに行っても人の歌を聞くことしかしなかった妻が、歌いました。

そして、驚きました。

私「えっ。歌うまいよ・・・」

一緒に写真をとり

私「カメラ映りいいじゃん。どこが悪いの・・・」

愛想に対しては

私「遠慮している様子が愛想ないって思われてたのかな。遠慮と愛想が悪いとは違うでしょ。」

私は妻に対して、歌下手とも写真写りが悪いとも愛想がないとも思いませんでした。

体についても、妻が言うようなことは全く思いませんでした。

なぜ、妻が自分の事をそう思うようになったのか、私は誰かに言われたのかと考えていました。

後にわかりますが、これらは全て毒親が小さい時から妻に浴びせていた言葉なのです。

毒親「あんたは、歌が下手だねー。」

毒親「あんたは、料理が下手だね。」

毒親「あんたは、愛想がない子だねー。」

毒親「あんたは、笑わない子だねー。」

毒親「あんたの、体つきをみたら・・・」*体に対する暴言はここで書くことも出来ません。

とにかく、ひどい言葉だらけでした。

小さい時から、親にそのように言われ続けたら自分ってそうなの?って思ってしまったのかもしれません。

毒親と連絡を絶ち、今では

妻「カラオケ行きたいね!!」

写真を見ると

妻「うん。可愛くとれてる!」

妻はよく人に声をかけられます。

愛想が良いから声をかけられるのでしょう。

毒親と連絡を絶つことで自分自身に自信を持てるようになりました。


月経前症候群(PMS)が良くなった。

毒親と連絡を絶ってから数年、妻が生理前でもいつもと変わらない妻になりました。

生理前に別人になってしまう妻、私にとっては、最大の難関でした。

その理由は、今考えると全てストレス。

そして、そのストレスの元が毒親でした。

毒親とのストレス、我慢していたものが一気に生理前に爆発してしまうのです。

今までコントロール出来ていた感情が生理前にコントロールできなくなるのでしょう。

毒親と連絡を絶った今では、生理前でも普段同様まったく変わらない妻。

生理不順も良くなっていきました。

漢方を試したり、病院に通うことを考えたり、イライラすると抱きしめたり(PMSには抱きしめることが一番効果ありました。)あらゆることをしました。

そして、毒親と連絡を絶つことで妻の生理前のイライラ(PMS)が自然となおっていきました。

 

時間を有意義に使えるようになった

毒親と連絡を絶つことで、家族の時間が増え我々の時間を有意義に使えるようになりました。

毒親からは急に電話が鳴り、急に家に来て、急に息子の習い事にもきます。

全て急です。

妻にことわることなく息子を連れまわす毒親。

妻に連絡をすることなく急に家にあがってくる毒親。

息子の習い事などに急にくる毒親。

全てが急なので、我々の時間は削られます。

娘は自分の所有物と考えている毒親。

娘の時間も自分の時間なのでしょう。

毒親と連絡を絶ち、今では家族で時間を有意義に使うことが出来るようになりました。




毒親への復讐方法

更新次第、記事にします。

毒親の種類

更新次第、記事にします。

毒親の本やドラマ

更新次第、記事にします。

毒親のチェック方法

更新次第、記事にします。

毒親のエピソード(毒親と気づいた出来事)

更新次第、記事にします。